酪農学園大学連続公開シンポジウム
主催:酪農学園大学、酪農学園ミルク産業活性化推進会議
酪農学園大学(大谷俊昭学長)と酪農学園ミルク産業活性化推進会議(代表:平尾和義酪農学園理事長)は7月27日、札幌で連続公開シンポジウム「ミルクと酪農の真実と未来」を開催しました。
最近、「病気にならない生き方」という本がベストセラーになっています。アメリカの外科医・新谷弘実さんが書いていますが、牛乳の記述はまったくデタラメです。 まず、ミルクとは何かを簡単にお話します。 次に、牛乳の不当な評価への反論を紹介します。
著者は、カゼインは消化されにくいと言っていますが、これは逆で、カゼインは最も消化されやすい食品タンパク質の代表です。
著者はまた、胃を内視鏡で見て牛乳は消化管に入ってベタベタ固まって消化が悪いと、非常に感覚的な言い方をしています。ところが、内視鏡の倍率はたかだか10倍だと思うのです。
また著者は、「牛乳を摂ると骨粗鬆症になる」という言い方をしています。牛乳をコップ1杯(200ml)飲んだ時の栄養充足率をみるとカルシウムは37.8%です。牛乳には非常に多くのカルシウムが含まれており、吸収率も非常に良いです。
カルシウムの過不足の度合いについてみると、食べ物からカルシウムを1日300mg摂ってもバランス上はまだ赤字で、560mg摂るとバランスするというデータがあります。日本人は今、1日600mg摂るよう推奨されていて、それでやっと黒字になるわけです。
著者はまた、「ハーバード大学の研究者が12年間かけて7万8千人の被験者について研究したところ、牛乳を飲みすぎると骨粗鬆症になる」と言っています。その論文を読みましたが、牛乳を飲み過ぎると骨粗鬆症になるとはどこにも書いてありませんでした。
著者が牛乳を飲み過ぎると骨粗鬆症になるとの主張の根拠にしたハーバード大学のデータもこの論文でチェックされていましたが、「どちらともいえない」に分類されていました。
「乳脂肪は過酸化脂肪(錆びた脂肪)である」というような表現もあります。牛乳は88%が水で、水の中に脂が入れば当然分離します。しかし、乳脂肪は球形の粒子で、中側の脂肪を脂肪球膜が覆っており、この脂肪球膜の表面は水に親しみやすい性質を持っています。同じ乳脂肪でもバターのような裸の脂肪は水に浮きますが、クリームの脂肪は脂肪球膜で覆われ、水に親和性があるのでいくらでも水に溶けます。 乳脂肪と大豆油や菜種油を比較すると、乳脂肪は酸化されやすい目安となる脂肪酸の二重結合(不飽和結合ともいう)の含有量が少なく、大豆油や菜種油よりも酸化されにくいです。
さらに、「市販の牛乳を飲ませると仔牛が死ぬ」というような言い方をしています。著者がまったく牛乳のことを知らないという典型的な記述です。
乳牛は仔牛が病気にならないよう、分娩直後の初乳を通して免疫物質を仔牛に与えます。人間の子供は、子宮で胎盤を通して免疫グロブリンをもらうので、母乳にはこの免疫物質が少ないですが、乳牛は仔牛にミルクを通して免疫グロブリンを与えるため、酪農家は生まれた仔牛に初乳を必ず与えます。そうすれば子供は病気にかかりにくくなるのでが、著者はそれを知らないのです。 たとえ原料乳に免疫物質があったとしても、非常に変性しやすく、殺菌すると簡単に沈殿したり、活性を失ったりするため、市販の牛乳に免疫グロブリンが含まれる余地はありません。そういう状態の牛乳を仔牛に飲ませ、それで病気にかかりやすいというのは的はずれです。
「牛乳は仔牛のためのもの、人間が飲むのは摂理に反する」という言い方もしています。牛乳は約6000年前以上から飲まれていたというようなことが色々なものに記されています。牛が食べる牧草は穀物の実らない寒い地域でも生えてくれます。そのお陰で寒冷地でも牛を飼うことができ、我々に牛乳・乳製品が提供されるのです。 牛乳乳製品をみると、脱脂乳から乳飲料、カッテージチーズ、脱脂粉乳ができ、乳脂肪からバター、アイスクリームができます。チーズも数百の種類があり、牛乳から多様な乳製品がつくられ、世界中の食卓を潤しています。牛乳は液状から半固体、固体まであらゆる形態の製品があり、非常に優れた食品であることがわかります。 また、私達は毎日、食物を食べなければ生きていけません。食物連鎖の中で、力のある大きな動物は数多くいますが、人間は1番上にいます。これは牧畜や農業、漁業などで毎日コンスタントに食べ物を供給できるということがあると思います。牛乳の利用もその一環だと私は考えます。そうであるなら、仔牛のものである牛乳を飲むのは摂理に反する、という論法は通じないと思います。
著者はまた、乳糖不耐症についても取り上げています。乳糖不耐症の実験データを参考にして調べると、民族によって乳糖不耐症の発生率に違いがあるのがわかります。日本人やアジアの人は乳糖不耐症の比率が大きく、デンマークやフィンランド、それからアメリカでも白人は乳糖不耐症の発生率が低いです。これは、乳製品を多く消費したり、接する機会が多い民族が乳糖不耐症にかかる率が少ないというようなことを示しているいえます。
一方、加熱・殺菌温度で牛乳乳製品に対しクレームなりバッシングが起きたりします。牛乳を販売する場合、消費者に衛生的に安全な牛乳を飲んでもらうため、殺菌して病原性(有害)細菌を死滅させ、牛乳に含まれる酵素を失活させます。
牛乳以外の食品の料理の加熱温度を見ると、非常に高い温度でしかも長い時間をかけています。「茹でる・蒸す」は100℃。「焼く・揚げる・炒める」は180〜250℃程度で数分から数十分間加熱します。牛乳以外の食品はこうした高温が許され、しかも長い時間をかけて高温にさらされています。しかし、牛乳はほかの食品と比べてずっと穏和な条件で加熱していても、高い温度で殺菌しているというクレームがつくわけです。 牛乳が完全食品であるという前提をとると、わずかな変化でもいけないとバッシングを受けてしまいますが、ほかの食品と比べ過酷な条件で殺菌されていないことを、ぜひご理解いただきたいものです。 殺菌の影響に対する不当評価では、乳清タンパク質の変性がいわれます。牛乳タンパク質は80%がカゼイン、20%が乳清タンパク質です。乳清タンパク質は加熱すると変性しますが、これで栄養価が下がるということはないのです。牛乳は完全食品だという前提に立つと、変わったという風になるんですね。 カルシウムの溶解度の問題もあります。牛乳のカルシウムにはリン酸とカルシウムが含まれ、3分の2はカゼインと結合していますが、残りは遊離しています。普通、化合物は温度が上がると溶解度が上がるのですが、カルシウムとリンの化合物であるリン酸カルシウムは逆に溶解度が下がります。それで見かけ上はイオン性のカルシウムが減り、「それも変わったのではないか」というチェックの対象になるわけです。これは低温で5〜6時間おくと元の状態に戻ります。決して、カルシウムの吸収を悪くするような変化ではありません。 また、リジンと牛乳の中の乳糖が反応し、タンパク質に含まれるリジンの形が変わり、栄養価が下がったり、有害な物質ができるのではないかといわれます。現実に、そういう反応の可能性のある物質があることは事実ですが、普通の殺菌条件では決して発ガン性物質が形成されるようなことはありません。 仔牛の第4胃にある牛乳を固める酵素のレンネットの凝固性低下の問題の指摘では、直接に栄養価値に関係しないと考えていいです。加熱するとレンネットの凝固性が低下し、チーズ製造の際に加熱変化は影響しますが、実際にチーズを作る現場では、できるだけ低い温度で殺菌する形で処理しています。 牛乳には 最後に、食べ物は薬ではありません。牛乳も食品として考えていただき、フードファディズムに乗ることなく、牛乳・乳製品に対する正しい評価をしていただき、健康の維持のために優れた食品である牛乳を有効に利用していただきたいと願う次第です。
牛乳を不当評価している本は100万部のベストセラーになり消費者への影響も大きいです。 反対意見をテレビや本などで消費者に伝えることはできませんか。 牛乳に少しでも携わったり、食品科学分野で牛乳を学んだ人なら私と同じ認識を持つと思います。 テレビでベストセラー本の著者と対談する機会があれば喜んで受けたいです。 (仁木良哉:酪農学園大学客員教授)
【フードファディズム】 科学的な検証をせずに食品を過大・過小評価し、消費者を不安にさせて商品の宣伝に利用するということ。 身近な食品を恣意的に中傷することで消費者の関心を強く惹きつけ、"健康本"等を販売するケースなどもある。
”酪農学園大学連続公開シンポジウム”(2006年7月27日)より
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